- Next »
- « Previous
五輪効果?
「諦めない」
とある頁に記した一行。
僕がこの言葉を発するのは本当に久しぶりで ただ素直に言えたのがいつの頃だったのかさえ想い出せない。
「興味対象外」と言いつつ 昨日は一日中 四角く冷えたリビングで北京五輪を観て居た。
競泳の北島君には 勿論最大の賛辞を惜しまないと同時 其の歩んだであろう苦難の道には様々な想いも馳せる。
けれど昨日最も心に響いたのは それぞれ致命的とも言えるミスを犯しながら 最後まで諦めずに しかも美事に演技を続行した 体操男子の二人:冨田君と内村君の姿だ。
素人眼にはそれぞれ もうその後に続く種目など棄権しても不思議はないくらい 強烈で屈辱的な失敗だった。特に冨田君には肉体的ダメージも心配されたほどだったが 二人は最終種目までを なんと自ら本来の美しさで演り切った。その結果の4位入賞と銀メダルだ。 “期待へ期待通りに応える” こととはまた別の類の 精神の強靱に脱帽せざるを得ない。
尤も それは体操選手で在るなら当然の選択/姿勢なのかも知れない。「失敗も含めたものがその日の結果である とういうのが体操」という冨田君の談話を 後で聴いた。実際 他の選手にも落下等のミスが続発した決勝戦だったが 皆最後まで闘い通して居た。
「失敗は成功の母」という金言を知っては居ても 一般に「失敗」というのは 「犯したなら取り返しのつかない そこで総ては終いとなる」ような 完全マイナスのイメージを伴って人の心を脅かす。だから僕も二人の失敗に出くわした時 「最早棄権か……」と落胆したのだけれど 実際には たとえ吊り輪から落下しようと最後まで演技を通せば最低限の得点は入るし その得点は当日の成績にも加算される。数式での採点方法の “過程点” というのに似ている。
そしてふと想い出した:「英国の教師は生徒の解答用紙に○しか付けない」。だったか。
彼らは答案採点時 正解に○をするだけで間違った答えには何も記さない(×を付けない) という話。
日本式:100点満点からスタートし 誤答分を引いていって残った分が最終点数
英国式:0点からスタートし 正解分を足していった合計が最終点数
この違いが日常的に育てる情緒の質 その隔たりは大きい。
(「英国人は引き算が苦手」という話はどうか内密に/笑)
失敗は失敗ではなく その時点での成果である
失敗はマイナスされるのではなく プラスされるものである
「今までの人生総て 無駄な事は一切無かった」
——此も又 僕が口にしなくなって久しい台詞だが つまりそういうことだったのか と 今更ながらの苦笑が洩れた。